もし私が今からディベート人生をやり直すとしたら
Ryoso Cupについて、大先輩の干場さんに書いてもらいました!大会についてというよりも「人生の中でディベートをどう位置付けるか」というテーマを持った深い内容になっていますので、ぜひ読んでみてください!!
○目次
・自己紹介
・この記事について
・Ryoso Cup
・もし私が今からディベート人生をやり直すとしたら
①「本物の自分の意見が消えていかないようにする」
②「Debater Landではなく現実を生きる」
③「芸術としてのスピーチを磨く」
④「トガることも大切だが、早いうちにトガりきる」
・終わりに
○自己紹介
干場健太郎と申します。KDSとしては17期で、留学の関係で大学は5年目です。
2014年~2016年5月頃まで積極的にディベートに取り組み、それ以降は他の活動をしています。
今やもう、IRと聞いたらInvestor Relationsが浮かぶし、GWはガバウィップでなくゴールデンウィークだし、空き時間ができたら反射的にそれを7(分)で割ってスピーチを幾つ聴けるか計算してしまうこともないし、気を抜いた途端に所構わず口から音源が溢れ出してきて警察に職務質問されることもないし、そのカムフラージュのためにスマホを耳にあてて電話をしてるふりをすることもないし、裏が白紙の紙を見つけても全く嬉しくなくなった程度にはディベートから離れています。
ちなみに、(良い)ディベート音源/動画が好きすぎてKDS資料部を創設しました。(KDS資料部の拡大は完全に後輩のおかげです。)
○この記事について
長いです!!日にちを分けて読むと良いかもしれません!!
「もしディベート人生をやり直すとしたら」という視点から、自身のディベート人生を俯瞰します。
「したほうがいい」というアドバイスではなく、「こうすればよかったな」という個人的な反省です。
独りよがりな記事になりますが、メッセージの強度を失いたくないので、ご容赦願います。
向いている読者層はちょっとよくわかりません!ディベート初心者に向けて書いていたつもりが、仕上がりを読み返すと、ディベート熟練者の中でも特殊な一部にしか響かない気がしてきました。申し訳ありません!
具体的なディベートの技術や知識については触れません。ディベートという名の生涯学習[大学生編]の捉え方、的な内容です。
人生においてディベートをどう位置付けるか、を考えるきっかけとなれば幸いです。地味にシリーズ化を希望しています。次は中山詩文先輩あたりに書いて欲しいです。
○Ryoso Cup
頼まれたのはRyoso Cupの記事なので一応触れます。楽しかったです。パートナーがうまかったです。
ラウンドの振り返りはしません。暢思さんのワールズ解説を読みましょう!!
○もし私が今からディベート人生をやり直すとしたら
(前提:サークル選びの時期にタイムリープしたとしても、ディベートを始めるという同じ選択をします。理由は触れませんが、2000個くらいあります。)
①「本物の自分の意見が消えていかないようにする」
ディベートを離れてから最も悩まされたのが、この問題でした。
没個性的になってしまっていたというか、本物の自分の意見が何であるのかがわからなくなっていました。
卒業後の進路選択の際の大テーマが「自己の回復ができるかどうか」という中二病っぽいものであったほど深刻でした。笑
ディベートでは肯定/否定が無作為に振り分けられるため、自分の立場だけでなく、主要な全立場から均等に意見が言えるように世界を見る努力をしました。
勝敗はジャッジが下すため、自分の意見ではなく、ジャッジにとって最も響く意見に価値を置く努力をしました。
言葉で論証できて、7分で伝えることができて、英語でニュアンスを表現できて、ディベート界のトレンドに合っていて、違う文化的背景を持つ相手にも理解してもらえる意見を優先するよう心がけ、それらにそぐわない自分の意見をないがしろにし続けていました。
その積み重なりの結果、私の思考体系はディベートにハイジャックされ、「自分の本当の意見」に耳を傾ける力が徐々に失われていたようです。無意識です。
ディベートを始めた初期のレベルでは、ディベートに勝てるように脳を最適化していくと、自分の意見が消えていく構造があるのではないかと思います。
「君はこれについてどう思う?」という単純な質問にすら、すんなりと答えることができなくなっていました。
「ああ、それについてはガバもオポもどっちもできるけど、どっちが聞きたい?」と答えたくなってしまうんです。
「いや、どっちもできるとかじゃなくて君はどう思うの?」と何度も指摘されました。
指摘をされても尚、強制的に「ガバとオポならどっちがやりやすいかな?」という出発点から自分の意見を探し始めてしまいます。
「ガバのほうがやり易いから、ガバの意見を暫定的に自分の意見っていうことにして会話を進めよう」という判断を何度したことか。
もちろん、ある程度までならこれはむしろディベートの利点だと思います。
肯定/否定を選べないからこそ視野や共感の範囲が広がるわけですし、第三者に評価されるからこそ相手に寄り添った議論ができるようになるのでしょう。
想像上の立場交換を通してスミスのいう公平な観察者的視点を持つことは市民として重要ですし、ベゾスの強調するcustomer obsession的マインドはビジネスでも役立つのでしょう。
だから、きちんとこの弊害を意識し、バランスをとるよう心がけておけば良かったなと今になって強く感じます。
今であれば、ディベートは自分の意見を研ぎ澄ますための学習だと捉えます。
他の多くの立場の主張を全力で考えるのは、単に擁護できる立場のストックを増やすため(だけ)ではなく、自分の意見と衝突させてそれを一段階上へ発展させるため。アウフヘーベン。
ジャッジに響くよう意見を考えるのは、自分の意見を我慢するためでなく、伝え方を磨くため。
それが両立できない場合は、競技・学習法として割り切って、ディベートを純粋に楽しむが、自己の喪失はさせない。
ディベートをしなかったほうが、より質の高い自分の意見を持てるというわけではないと思います。そもそも本当の自分の意見ってなんだよって感じですし。
ディベートを通して様々な立場の背後にある思想の正当性を学んだため、今までは気軽に形成できていた「自分の意見」のハードルが上がっただけなのかもしれません。
ただ、とにかく自分の意見をもつことを大切にし、磨いていこうということです。
というか、強い自分の意見があるほうが最終的にディベートも強くなります。
② 「Debater Landではなく現実を生きる」
ディベートが扱う議題は現実世界で起こっていることが題材である場合がほとんどです。(これに関しては、しゅんすけくんの若葉杯のブログに詳しいです。)
にも関わらず、私にこの意識はほとんどありませんでした。理解はしていても、本当の意味で重要視はできていませんでした。
私の議論は常に想像上の物語に終始していました。論理で構築された仮想現実を生きていました。
「存在しそうな世界に存在し得る人間が起こしていると言ってもおかしくはない行動のことなんて知らないんだけどその被害がやばいって言ってもバレなさそうだからそういうことにして、政府ができるらしいこの政策をとったら良いことが起こるっぽいよね!!知らんけど!!」、といった具合。
精巧な偽物を作り続けている感覚です。「ロジカルbutおそらく嘘アーギュメント」を量産してしまいました。リサーチはほとんどしたことがありません。本当に恥ずかしいです。
数少ない知識をそれっぽく仕立てあげることと、論理的に想像を膨らませることで補えばいいや、と思い込む始末。
そうであるのに、「現実で何かすごいことをしている気分になっていた」ことが何よりも問題でした。
英語で難しいことを議論して、周りの方々は優秀で、国際大会に参加して、自分もすごい人間になれたんじゃないか、とどこかで自惚れていました。
現実では何も行動していないし、する気もないのに。どれだけ憤りを持って世界に蔓延る不正義についてスピーチをしても、ラウンド部屋を出た途端そんなことはすっかり忘れて世間話を始めるのに。
自分が試合に勝って喜ぶために、勝手に嘘まがいのスピーチで現実を語るなんて、なんと傲慢な行為でしょうか。
ディベートを通して、限りある自分の知識を巧みに再構成し、外から与えられた論題(≒解決策)を肯定/否定する理由を作りあげることは得意になりました。
その一方で、溢れている情報の中から自ら課題設定をし、現実で機能する解決策を創造する力は身につきませんでした。
にも関わらず、政策論題で試合に勝ったときは、自分は現実の課題を解決する力を持っているのではないか、という幻想に無意識下で陥っていました。
本気で現実に変化を起こす気概のある優秀な友人達は、ディベートから得られる応用可能でポータブルな能力を獲得してすぐに辞めていきました。
もちろん、現実にインパクトがないからディベートには価値がないとか、ディベーターは全員ラウンドでの発言に責任をもって行動に移すべきだとかは一切思いません。競技・学習として楽しくて有意義であれば良いと思います。
ただ、何も現実で起こしていない/起こす力が身についていない段階で、例えばサッカーをするよりも、高尚で世界のためになることをしているという陶酔に浸っていた自分は甚だ滑稽で、現実を知らないのに現実を語ることは現実を生きる人々や文化を踏みにじる卑劣な行為でした。
ディベート人生をやり直すなら、リサーチをします(当然すぎる)。
優秀なディベーターのマターファイルの目次や、過去の論題集を分析し、ディベートで扱われるテーマを把握し、一定期間一つのテーマに絞って研究します。
3か月くらいで全テーマを一周できるように逆算をして期間を決め、図書館にこもってそのテーマの論文や本や記事を読むことを繰り返します。もちろん、主要なニュースサイトは常にチェックしながら。
その際、必ずそのテーマの実際の論題を参照/プレパします。こなした論題の数を増やし、得た知識をディベート用に即座に変換できるとっかかりを多く作っておくことは重要なので。
間違っても、意識だけ高くなって方向を定めずにがむしゃらにThe Economistを読み漁ることはしません。
ドラえもんがすごいのは、持っている道具の種類の豊富さだけではなく、その数多くある道具の中からのび太くんのその時の状況にあったものを瞬時に選び出す力でもあると思うので(?)
③「芸術としてのスピーチを磨く」
当たり前のことを完璧に言う。そんなZero-defectなスピーチを目指してきました。
勝つためにはそれで良かったと思います。実際、堅実で頑丈なケースを作れたときはよく勝てました。
が、それは同時に、観客の感情を強烈に揺さぶる要素を削り取ることを意味していたようです。どこか歪みのある、特徴的なスピーチのほうが感動的になると思います。
堅実なケースは、ともすると、無難で誰もが思いつける且つディベート界でもう広く受け入れられている考え方である場合が多いからです。AIが得意そう。
安定的に勝つために堅実さを求めていた私は、当時はそんな意識はありませんが、
「すでにディベート界で使い古されている良いアーギュメントを、そのときの論題や時勢に合わせてやや微調整/再構成する」だけのスピーチをしていました。
試合には勝てても、意義ある新たな知的生産は何一つ起こせませんでした。
その特定のラウンドのオープニングと違うアーギュメントは出せても、過去に同じ論題をした全チームをオープニングとしたときにエクステンションが出せたことはありません。
だから、「時代が追いついてこい」的なスピーチが大好きでした。伝説の元UTの某ディベーターのスピーチは日本の型にはまった私にとって常に革新的でした。
異端扱いされ続けても自分たちのスタイルを貫き、2018年のM-1では圧倒的な実力でついにオール巨人師匠と中川家礼二さんにも高得点をつけさせ、漫才の定義を拡張したジャルジャルさんのイメージです。
ちなみに、ディベートに染まってない初期の頃の方が、こういうイノベーティブなスピーチの実現に近いと思います。
ディベート界にはびこる謎の「常識」「期待」や、よくわからない先輩のいう論題の「答えらしきもの」 を浴び続けることで、足並みが揃えられてしまうことはもったいない。
だから、良いスピーチというものの定義に挑戦できていたらな、と今感じています。他人には代替不可能で新しいスピーチを確立させることを目指すべきでした。
アナロジーの技術とか、プリンシプルとか、SQAPではなくパラダイム比較とか、APをほぼ説明しないとか、かつて革新的であった思考方法も今や定着しています。こういった発明をし、それ定着させるという方向に力を注げていれば、と後悔しています。そうすればスピーチの内容も革新的になったでしょう。
必要のない常識を探求し、挑戦して覆すという意味で、現代アート的衝動をスピーチに乗せる努力をしても良かったな、と。
試合に負ける覚悟は必要ですが、その価値はあったでしょう。
スピーチを聴いていると、「あ、きっとこの人はあのディベーターに憧れてるんだな」ってわかることがありますよね。本人がディベートを辞めても、「その人らしさ」が後輩のスピーチの中で生き続けているとでもいいましょうか。
ヒカルの碁で、佐為が消えたあとに囲碁を打つことを控えていたヒカルが久々に囲碁打った時に、ふと自分が佐為の打ち方をしていることに気づき、囲碁を打つことでヒカル自身の中に生きる佐為の魂と再会できると気づいたあの誰もが知る有名シーン的な感じです。
それくらい強固で影響力のあるスタイルを確立できていたら、とても幸せだったでしょう。
ディベートをやり直すとしても、音源は大量に聴き、動画を大量に観て、良いスピーチを諳んじるでしょう。
よっぽどの天才でなければ、まずは良いとされているものを完璧に真似できるようにしないと、オリジナルの創造なんてできないと考えるからです。
野性爆弾のくっきーさんも、笑いの基礎を完全にできるからこそ、あの破壊的なスタイルにたどり着いたわけです。ピカソ的なあれです。
ただ、もう少し守破離を意識します。
まず大量に模倣しつつも、オリジナル哲学の確立が最終目標であると強く意識します。
ヒカルの碁で、佐為が過去の棋譜を研究しつつも、まだ見ぬ神の一手を目指し続けるのと同じです。
つまり、ヒカルの碁を読もうということです。
④ 「トガることも大切だが、早いうちにトガりきる」
ここまで、ディベートで勝つことに脳を最適化しすぎることの弊害ともいえるものを挙げてきました。
しかし、一旦はディベートにどっぷりと浸からないと、身につくものも身につかないな、とも感じます。
「現実世界とディベート世界のバランスをとらなきゃ」とか中途半端なことを考えていたら、どっちつかずで終わってしまっていたでしょう。
将来役に立つからやっておこう程度の気持ちでは到達できない地点があります。勤勉は熱狂に勝てません。
例えば、私は現役時代の二年間ほどひたすら音源を聴いて真似していましたが、「いつも音源聴いて勉強熱心だね」とよく言われました。
違和感でいっぱいでした。「いつも米津玄師聴いてて偉いねとは言わないのに、なんでBo Seoだと言われるんだ?????」と本気で不思議に思っていました。当時は米津玄師さんは今ほど流行ってませんが。
今振り返ると明らかに頭がおかしいですし、人間としてだいぶ欠けていたことがわかります。が、これくらい熱狂的にハマったからこそ得られたものが数多くあります。
「寒いからコートを着なさい」と母親から言われた際に、「コート以外のオルタナあるし、そもそも寒くないし、仮に寒かったとしても着るかどうかは自分で決めるべき」みたいな反論が浮かんでしまう時期があっていいと思います。
カラオケに行った時に、「どうしてWill Jonesの曲(スピーチ)がないんだろう?」と心から疑問に思ってしまう時期があっていいと思います。
人間性を生贄に捧げてディベート力を召喚することも必要でした。
ディベートのレンズを通してしか世界を見れなくなることも必要でした。
でも、そこから抜け出さないと社会生活で支障をきたすので、じゃあ早いうちに尖り切ってしまおう、と今は思います。
ディベート人生を送り直すなら、私の場合はジェミニ杯あたりまではディベート至上主義で生きます。
「これ以上ディベートに全てを捧げても、機会費用のほうが大きいな」と感じられるくらいまで本気で学び切ります。
それ以降は、上記①~③を意識しながらディベートと関わります。それが、自分にとっては、人間として良いバランスであり、結果ディベーターとして強くなるためにも一番良いのかな、と。
ディベーターとして強くなるためにも、です。
○終わりに
私にとってディベートは楽しい競技であり、効率的な学習でもあります。
ディベートを離れてからも、ディベートで培った力に幾度となく救われています。
これからも稀にディベートをやるかもしれないし、やらないかもしれません。
弊害があるとはいえ、ディベートをやっていない世界における自分よりは圧倒的に成長できたと信じています。
「こんな良い経験を、さらに良くできたとしたらどうすればよかったのか」という記事でした。
自己中心的に書き散らしてしまいましたが、誰かのお役に立てれば幸いです。
ありがとうございました。
意見・反論があれば干場まで!!!
Result of Ryoso Cup
Grand Finalist:慶應義塾大学 A(Rena Kitsui, Kentaro Hoshiba)
8th Best Speaker: Rena Kitsui
10th Best Speaker: Kentaro Hoshiba
干場さん、読み入ってしまう素晴らしいブログをありがとうございました!